バイセル随一のマルチプレイヤーが次のステージに進む理由とチームへの想いとは?

バイセル随一のマルチプレイヤーが次のステージに進む理由とチームへの想いとは?

こんにちは!人事部佐藤です。今回は、長きに渡りバイセルを支えていただいている猪野さんにインタビューをさせていただきました。

サブタイトル「猪野さん、エンジニアになる‼」です笑

タイトルが少し大袈裟で大変恐縮ですが、、ご入社から6年を迎え創業期からマルチにご活躍をされている猪野さん。この度エンジニアとして新たなスタートを切られました。現在に至るまでの経緯と、なぜ「今」エンジニアとしての一歩を踏み出されたのか!お話をしていただきましたので是非ご覧ください。

Q.早速お伺いしますけど、猪野さんがご入社されたのはいつでしたか?

猪野:インタビューとか緊張するので宜しくお願いします笑

2012年の12月1日に入社しました。ちょうど次の12月で6年になります。誕生日なので、、、印象深いですね笑

Q.6年前!しかもお誕生日!笑
今でこそ、バイセルも600名を超える組織になりましたが、まずはざっくりした質問ですけど、その当時、どうでしたか?笑

猪野:正直にあまり言いすぎてもいけないかもしれないですけど、、、きつかったです笑笑

でも今思えばそれも当然で、そもそも人数が少ない中で、成長している組織でしたから、全員が「今何時??今何時?」って時間を確認しながら仕事に追われていた印象が強くて、各人の責任も重たかったと思います。

役割も今のように部署単位で分割されていなくて、総務と広報部(現マーケティング)と営業部という、体制だったと記憶しています。

人数もおそらく30人か40人前後の規模だったと思います。

査定員への「行ってらっしゃい‼」も全員でハイタッチしてお見送りするような風土でしたね笑

懐かしいです笑

Q.なるほど!今の事業の立ち上げた創業期というイメージですね!そもそも、なぜバイセルにご入社されたんですか?

猪野:そうですね、事業が立ち上がって1年目だったと思います。

元々は、塗装会社の総務部に勤務していました。社内ではなんでも屋みたいな仕事をしていました笑

当時のことですが、その塗装会社の本社が、現バイセル四谷の本社のすぐ隣のビルにあったんですね笑

しかし、しばらくして本社が茨城県へ移転になったんです。しばらく通っていたのですが、さすがに体力的にも継続していくことが難しいなと笑

すごく人がいい会社でした。ただ、物理的に難しく、やりきっていない自分と、やっぱり大変でもチャレンジできる環境でお仕事をしたいなと悩んだ結果、次のステージを探して転職に踏み出しました。

Q,今のココ(本社)ですよね?この隣ビルに当時通われてたんですか?笑

猪野:はい、それも何かのご縁でしょうかね笑

Q,では、移転もきっかけで新たに転職活動をされて、バイセルと出会ったわけですね?

猪野:そうですね!その転職活動の中で、大事にしていたことがあって、前職を決めるときにも大事にしていたことですが、「比較的小さい会社でも一緒に働くメンバーとコミュニケーションを大事にして、チームとして一緒に成長できる、力を合わせて目標を達成できるという環境で働きたい」というところを重視していましたね。

その時に、バイセルの求人で「帰ってくる営業マンにおかえりなさい‼と笑顔で出迎える職場」というようなフレーズがあって、そういう雰囲気を大事にしている職場で、働くことを想像したら、人間関係を大事にしてきっと大変なことがあっても、みんなで乗り越えていけるんだろうなと笑

その社風や環境に惹かれて応募したことを今でも覚えています。

面接のときも、今まで面接してきた企業に比べて、「話し合いができる」「ちゃんと話を聞いてくれる」といった、単純かもしれませんが、「人として」向き合うことができる企業なんだなと感じて、内定をいただいてから即決しました笑

Q.本当に「人」「環境」「成長」を軸にバイセルに決められたんですね!ちなみに当時の配属はどこでしたか?

猪野:まさにそこですね!入社時は総務部でした。当時は、お金を数えたり、商品を仕分けたりと、事務のお仕事全部やります!といった仕事内容でしたね笑

今のようなシステム管理といった環境もなかったので、手書きの紙やエクセルで管理するような時代でしたね笑

本当にアナログで、試行錯誤して業務していました笑

一般的なロジックではなく、物理的にファイルの場所を覚えるとか、一からルールを決めて運用するとか、今よりも業務効率の改善ができていなくて時間や工数もだいぶかかっていたと思いますね!

おかげで、臨機応変に対応する力とか、準備の大事さや管理の仕方など身についたと感じています。当時に鍛えられましたね笑

今でこそ、専門的な方々が各部署ごとに在籍されていて、本当に強い組織になっていると感じています。

ただ、あの当時はとても大変でしたがその経験がなければ今の私が私ではないと言えますね笑

バイセルはこの10月で600名を超える組織に

Q,更に今後も規模が大きくなっている途中にありますが、事業立ち上げ当時を知る猪野さんから見て今のバイセルはどう映っていますか?

猪野:いろんなことがあったこの5,6年でしたが、ここまで来たということが自信になりますね!色んな節目節目も見てきて、当時から一緒に働いているメンバーと、新しく入社された皆さんのエネルギーと、入社してきていただけることはうれしく思います。

また、外部の方からも適切なアドバイスなどあり、支えていただいた事への感謝が一番大きいですね。

さらに、改めて今の規模感をお聞きして、素直にびっくりしています笑

Q,この6年間で、猪野さん自身や業務内容などでの変化というのは大きかったのではないですか?

猪野:そうですね笑

一般的な企業では6年務めると、どのような変化をしていくのか正直判断しかねますが、おそらくいい意味で慣れてきて変化を感じられなくなる期間もあると思うんです。あくまで主観ですけども笑

私の6年は、毎年毎年新しい発見をさせていただき、常に変化を感じてこれたと思っています。それに伴って、自分自身の成長も感じられてきたのは事実だと思いますね。

本当にいい意味で止まらない組織というか笑

Q,とてもマルチにご活躍されている印象がありますが、具体的にどのような業務をされてこられましたか?もちろん覚えている範囲でいいので笑

猪野:まずはお金の勘定とか査定員のフォローというところで、準備金をそろえたりお買取りしてきた商品を整理したり、銀行に振り込みにいったり・・・笑

商品を販売するということも並行して行っていました。

入社して半年経ったくらいの時期に、少人数で対応していく中で業務の効率化を考える必要がでてきたんですね。それぞれ抱えている業務の分担を見直すタイミングといことで、大きく「商品の管理」と「営業の事務」という分担ができました。

私はその時、迷わず「商品の管理」を選んだんですね。当時の上司と一緒に選んだというのもありますが、それ以上にとてもやりがいを感じていたこともありました。

ただし、「商品管理」というのは、本当に地道な作業で笑

査定員の方が買ってきた商品をひとうひとつ査定台に乗せて重さを量って金製を確認したり、ダイヤや色石も当時は、私もかなり見ることができたと思います笑

今でこそ、商材別に担当が分かれていますが、当時は全て担当していました。

Q.今でいう商品戦略本部と販売戦略本部を同時にやられていたということですね!査定もやられていたんですね?

猪野:はい、さすがに今は専門的な方々がいるので、自信はないですけどね笑

Q.その後はどのように進まれたんですか?

猪野:それから、ありがたいことにさらに忙しくなり、今度は商材別に担当を分けることになりました。そのタイミングで私は「切手」の担当になります。当時はアルバイトの方も少なくておそらく5名ほどで運営していました。特に当時「切手」に関してはその日のうちに売り上げに変えられる商材でもあったので、時間に追われながら販売までを当日中にできるかどうか、販路も作りながらの業務だったことを覚えています笑

当時は管理も手書きで電卓で計算するなど、細かい作業をアルバイトのスタッフの方と協力して進めていましたね。

その当時に、現在の商品を仕分ける方法や、管理体制などの基礎を作りながら業務を進める日々でした。

【商品管理を中心に、社内の”ハブ”となる存在に】

それから、ある程度商材を網羅し人も増えてきた頃「宅配査定」もスタートしました。

「商品管理」と「宅配査定」を兼務させていただくようになったのがこの時期です。

届いた商品を受け付けた後、商品の検品作業を行い、各商品担当に査定を依頼して査定金額を集計します。そのあと、クロージングしてくれる営業の方に情報を伝えるといった業務を行っていました。

なので自然と各部署、各担当の方と幅広くコミュニケーションを取るようになっていきました。自分としてはいろいろな方と話す機会が非常に多かったという印象です。

切手に詳しくて、宅配の担当で、商品管理にうるさい人で、なんかあったらとりあえず聞いて!というようなポジションだったと思いますね笑

Q.その中で、今の習志野倉庫に移転するという変化もあったかと思います。習志野に移ってからはどのような動きになりましたか?

猪野:そうですね、習志野の移転は私たちにとってはとても大きな変化だったと思います。

習志野に移ってしばらくして、マネジメントという領域でのお仕事をさせていただく事になりました。自分が作業をするというよりは、作業を任せて引き継いでいきながら、働きやすい環境を作っていくというようになりました。比較的最近のことではあるので正直その立場で仕事をしている自分が、印象としては強いと思いますね。部署を代表して各部署とコミュニケーションをとったり、何か問題があれば解決をしたりと、入社した当時に比べると広い目線でお仕事をするようになったイメージです。

Q.その当時で大変だったことを教えていただけますか?

猪野:そうですね。。。笑

移転したのは2年前。当時は、本社勤務から習志野への移転でしたので、勤務地が変わることでアルバイトスタッフさんの入れ替えというのもどうしても発生しました。また、規模も大きくなっていく中でさらに新しい方々を迎え入れて、大きい組織として変化していきました。

また、倉庫内もOPが確立されているわけでなく、今でこそ整理されてどこになにがあるかわかる状態ではありますが。当時は本当にいろんなものがいろいろなところにあって、まずは倉庫の使い方について日々対応していったというような印象ですね。

結果的に、当時の移転を支えてくれたのは今いるメンバーたちのお陰です。

本当に大変だった思いますし、あのメンバーだったからこそ、乗り越えられたんだなと心から思えます。各メンバーが責任をもってやってくれたということに心から感謝しています。

Q.習志野に移ってから約2年が経過した現在、今回お聞きしたかった内容でもありますが、エンジニアとして現在テクノロジーへ異動されたと思います。その経緯と心境をお聞かせください。

猪野:マネジメントする立場になり、業務を俯瞰してみたときに、それぞれ各担当別に本当に責任をもって取り組んでいるという実感をもったんです。それと同時に、それぞれの業務が属人的になっていて、その担当にしか把握できていない領域が非常に多くなっていったと感じました。

そうすると、個別なやり方をとりすぎていて、もっと効率的なやり方がないのかを問題視するようになりました。もちろんやり慣れた方法は、それ自体効率よくなる場合もありますが、それは全体最適ではなく個人の能力に依存するという問題も同時に持っています。

その為、「やりかたを変える」ということはある意味ストレスを生むことにもなります。ただ、もっと気持ちよく仕事ができる環境は何かを真摯に向き合って考えたときに、方法が必ずもっといい方法があると感じたのが大きなきっかけだったと思います。

そのころから、日々どうしたら効率化できるか、何を変えるべきかをメンバーに聞いたり、ミーティングをこまめに開いてみんなで考える機会を設けていきました。

そうすることで、それぞれ今どんなことをしているのか、何を問題としているか。それぞメンバー同士で気にして考えられるようになっていきました。

それは、各メンバーが行動として表してくれるようになり、自然と今いるメンバーにこの現場を任せられるなと、思えるようになりました。

自分が成長したというより、メンバーが成長を見せてくれたんだと実感した時期でもあります。

【だから私はエンジニアという道を選んだ】

今までの組織の良いところは、「人」に紐づいてそれぞれが「やり抜こうという意志」が強く、能動的に考え業務を遂行してきたところだと思います。何度も言いますが、その時期がなければ今の私含めメンバーや組織の成長はなかった思います。

今後は、いろいろなことを整理して、きちんと統一感をもって業務を進めていくことが重要だと感じています。

そのタイミングで、新しいシステムの導入が決まりました。

今のメンバーには安心して現場を任せられる状況だと判断しました。また、私自身の今までの強みとして、多角的にコミュニケーションを取って円滑に物事を進めていく「ハブ」としての役割を活かせるのが、「エンジニア」という選択肢を持たせてくれたんだと思います。私なりに会社にとって役に立てることは何か考えた結果でもあります。

とは言え、その選択を選ぶには、多くの方のご理解とご支援のもと実現できたことですし、これは本当に感謝しています。

Q.現在、どのようなお仕事をされていますか?

猪野:具体的には、現場を知っていること、改善したいポイントを要約して、要件定義をしていくことです。

システム側の仕様を倉庫側に伝える、倉庫側の要望をシステムに伝える。その為に、今度はシステムについてもっと踏み込み提案できる立場になりたいと思っています。

本格的にプログラミングをしていくことは勉強中ではありますが、

「商品管理」×「テクノロジー」という橋渡しをする立場として動いています。

Q.今後の目標を教えていただけますか?

猪野:実際開発部でもどうなりたいかと聞かれることがあります。それは逆に言えば私になにができるのかという問いでもあると感じています。そういう意味で考えると、コミュニケーションを大事にして円滑にこのシステム導入を進めていくことがミッションだと思います。定めた目標に対して、ぶれずに、何を優先してどのように進めていくかを考えていきたいです。

尚且つ、目下開発の勉強中ではありますが、今開発を進めていただいている方々のフォローを滞りなく、最低限できるレベルになることだと思っています。

今回、お忙しい中1時間ほどのインタビューをさせていただきました。

創業期から現在に至るまで、実にマルチな活躍をされている猪野さん。だからこそ、今回、新システム導入の際に思い切って、エンジニアへの道をご決断をされたと感じました。同時に、謙虚で他人への配慮、気配りも行き届いた方だと改めて感じました。

最後に、なぜそこまで献身的な姿勢を取れるのか、その根幹は何かお聞きしたところ、このようにご回答いただきました。

私の根幹にあるのは、「目の前にある課題に対し、中途半端にすることは、必ず後悔する」という考えです。

その姿勢を応援してくださる方や、サポートしてくださる方々がいることに本当に感謝しています。その方々に対して自分自身も真摯に向き合う事で乗り越えられない課題も、乗り越えられてきたと実感しています—


社内で各部署の橋渡しとなり、多くの方とコミュニケーションを取りながら、目の前の課題に真摯に向き合う姿勢。さらに、成長を続ける組織でさらに成長を目指し取り組まれている姿は、我々のあるべき姿ではないかと感じました。

さらなるご活躍に目が離せない、猪野さんのインタビューでした。

ありがとうございます。